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なんやこれ

魯肉飯の五次創作

 魯肉飯。あなたはご存知だろうか。

 台湾で供される、丁寧に煮込んだ豚バラ肉が乗っかったジャンキーごはんである。一般的な日本の飯屋では滅多にお目にかかれない八角の芳しさが台湾らしさを醸し出し、台北の街角でそれが香ってくればつい屋台に入って一杯頼んでしまう。これは実は台湾旅行ビギナーが陥る落とし穴である。脂身がこれでもかと入っている魯肉飯はかなり重たい料理であるため、それが小ぶりのスチロール皿に乗っかって出てきたとしても(魯肉飯は現地ではあまりメイン料理として出てくるものではないので、魯肉飯以外に何かを頼むことを想定し小さめの皿で出てくるのが普通である)、食べ終わる頃にはかなり胃にくる。しかし初めて食べる台湾料理を親だと信じ込む台湾旅行ビギナーは、世界中のコクを集めて煮込んだかのような深い味わいの魯肉飯を親だと思いこんでしまい、以後滞在中は来る日も来る日も八角のにおいに誘われて魯肉飯を口にしてしまうのである。そうして最終日、彼らは豚バラの浸透戦術を辛うじてしのぎきった満身創痍の胃と、あのプルップルの脂身を存分に吸収して数キロ分増加した皮下脂肪を携え、荷物制限にひっかからないかヒヤヒヤしながらタイガーエアの深夜便に乗り込むことになるのである。

 一昨年まで、これが連休シーズンの風物詩であった。魯肉飯の魔性の魅力に虜になって台湾から帰ってくるルーロー親子、ルーローカップル、ルーロー学生、ルー老夫婦で関西国際空港の帰国窓口はごった返していた。何を隠そう、私もその一人であった。

 しかし、いくら台湾料理界のコラーゲンぷりぷりファム・ファタールこと魯肉飯であっても、その魔性でコロナウイルスに打ち勝つことはできなかった。事の発端から一年以上経つ今なお、日本を出て台湾に入ることのハードルは高くなったままである。「魯肉飯に会いに来ましたニチャア」なんて理由のみで渡航を敢行しようものなら、入国審査官におもっきし眉をひそめられるだろう。それゆえ、本場の魯肉飯を一口食べたい、まじで一口だけでいい、いやそんなことねえわ普通に食いたい、食いてぇルーロー飯、るぅぅぅぅ…………と死んだ目をして喚き散らす魯肉飯中毒者が日本国内各地に現れ、社会問題となっているのはご周知のとおりであろう。何を隠そう、私もその一人である。

 そんな脳幹をルーローに侵されたルーローゾンビが増殖しているからか、最近クックパッドやユーチューブでも魯肉飯のレシピを見かけるようになった。みんな食べたいんやな、魯肉飯。どれどれ、おれも作ってみるか…………

 

 私は目を疑った。

 

 レシピに八角も五香粉も入ってねえ。生姜の香りだけなら豚丼なのよ。オウそこのお前は豚の角煮を乗っけただけの飯かえ。「細切れでも結構ですよ〜」んなことねぇ。「胃もたれしないようさっぱり仕上げました」胃もたれして後悔するまでが魯肉飯だテメエ。

 

 なんか、どれも魯肉飯じゃないのである。

 魯肉飯といえば、鍋から立ち上る醤油やらなんやらと八角の混ざった独特の臭気、辛うじて固形を保っている脂身だらけの細かい豚バラ肉、そしてご飯にでっとりとかかるトロットロの汁。どれ一つ欠けても、台湾に訪れた人間を一口でルーロー魔神に作り変える魅惑の魯肉飯たり得ないのである。
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右のやつだぞ。(いい写真がなかったのでちょっと良さげなフードコートの飯です)

 

 とはいえ一体、日本にはこんなたくさんのルーローピーポーがいるのに、なぜクックパッドのレシピはそんなルーローしてないんだ?私は訝しんだ。

 しかし、少し考えてみれば理由は明白なのである。いくら数年前までのLCCブームのおかげで日本にルーロー太郎が増殖したといえど、まだ魯肉飯の素晴らしさを知らない人間やこれから魯肉飯の美味しさを知ることになる幸せな人間の方が日本国民には圧倒的に多いのである。日本国民1億2000万人の多さをなめちゃいかんぜよ。台湾に行った人間なんぞその中のほんの一握りにすぎない。

 繰り返そう。日本人のマジョリティである彼らは未だ魯肉飯の洗礼を受けていない。旅行先の路地から漂う怪しげな香り。一口食べたら広がるルーローワールド、ルーロービッグバン。数秒のうちにルーロー粒子が宇宙を形作り始め、ルーロー系第三惑星の北回帰線、美麗なる島に母なる豚バラ肉が産まれ、育ち、煮込まれ、自我が寸胴鍋の中でコラーゲンと同一化する。ファイブ・アロマ・パウダーに支配された五感が織りなすトリップワールド、フォルモサの全137億年の世界から覚め、眼前には吉野家の牛丼とさして変わらぬ平然とした顔で居座るメシ、雑多な物音のナイトマーケット。このイニシエーションを知らぬまま、ジャパニーズ六畳ワンルームシンクでちぇきちぇきぐつぐつ作った魯肉飯からどれだけ八角の香りがしていようと、それは変な香りのするブタメシなのである。

 

 結果、インターネットにレシピをシェアする創意工夫溢れた心優しいお料理大好きパーソンは、「こっちのが美味しんじゃね?」とばかりに、魯肉飯をどんどんジャパナイズしていくのだろう。

 

 ジャパナイズ一世代目はたぶん、海外旅行大好き人間の家族だ。ぷっくり太ったルーローマンと化したルーローたかしは、スーツケースを玄関に置くやいなや、

「なあかあちゃん、台湾には魯肉飯っちゅーむっちゃうまい飯があんねん、作ってえや。俺もうアレ食えないと死んじゃう。日本におれへんかもしれん」

「ほんまかたかし。そんな美味しい料理があるんやったら、うちでも作ってみなあかんなあ」

 そうやって、たかしの話を再現してできたのが、きっとペラペラ豚バラの醤油煮込み飯である。確かに、五香粉もブロック豚バラもそう簡単に買おうと思えるものではない。標準家庭が買おうと思えるもので作るならばこのレベルが限界であるし、ルーローたかしのもうマジで何も料理する側のことを考えていない無神経な発言にここまで乗っかってくれる母ちゃんの人格と腕は素晴らしい。実際、出来上がったそれはとても魯肉飯とはいえないが、食べてみると普通に美味いのである。

 美味いから困るのである。母ちゃんはきっと、翌日友人に事の顛末を話してしまうのである。台湾帰りのたかしが言ってたルー?なんたらってのをな、たかしの言うとおりうちで作ってみてんけど。むっちゃ美味かったで、材料はこうこうこうでな…………これが普通に失敗していたら母ちゃんも話題にはしなかっただろうものを。

 そうこうしているうちに、どこのコミュニティにもいる家事大得意スーパー人間の耳に入る。なになに、台湾には魯肉飯という料理があるらしい。なるほど、私なりにレシピを考えてクックパッドに載せよう。

 するともうその後はあっという間である。そのクックパッドを見たどこかのインターネット・オカアチャンが「スパイスの味は苦手な人もいるだろうし、しょうがを活かした味にしよう」と、改訂版を投稿する。

 結果、日本語版レシピサイトで見ることのできる魯肉飯のレシピは平均して五次創作くらいのものとなっている。代を重ねるごとに、八角クローブ・シナモン・ホアジャオ・ウイキョウの五香粉レンジャーの香りが一つ、また一つと姿を消し、いつの間にかただの和食となっている。どのレシピを参考にしようと、出来上がるものは本場台湾のものから右斜め上にズレたなにか。台湾の魯肉飯を知るルーローボーイ・ルーローガールからしたら物足りない代物ばかりとなってしまったのである。

 

 しかし、よく考えてみれば、これは残念なことばかりではない。確かに、日本に閉じ込められ、常日頃から台湾にkaeriたいと思っている私のようなルーロー野郎からしたら、お家でもできる夜市の魯肉飯!みたいなレシピを見つけづらくなった現状には少し思うところがある。だが、クックパッドに載った右斜め上魯肉飯と世界地図を交互に見ながら少し考えてみてほしい。

 

 

 そう、日本も台湾からしたら右斜め上の位置にあるのだ!

 

 距離があるからこそ、文化は変わる。異文化の事物が持ち込まれれば、その文化に合わせて形を変える。

 魯肉飯も、日本風に形を変えて日本国に腰を据えようとしているのかもしれない。ときにはルーローたかしに、ときには母ちゃんに、ときにはインターネット・創意工夫パーソンに居候しつつ、魯肉飯は日本にやってきた!

 コロナで台湾に行けない我々ルーローズのために、魯肉飯が日本語を覚えて来日公演しに来たと考えるならば、クックパッドの(おそらく)五次創作魯肉飯も愛おしくいただけるのではないだろうか。

 そんなことを思って、自分でレシピを研究するのがとてつもなく億劫な私は、クックパッドのジャパナイズドルーローをいただくのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 んなこといきなり書くのも台湾行きてえからなんだぬぉお………………嘉義あたりのてきとーな飯屋で魯肉飯食いてえよお

 

 

るぅぅぅぅぅぅぅぅぅ………………………………